人目に付かぬように、予定した経路を、身を縮めながら歩いていた。
ここは、高い塀に囲まれた宮殿の中。
いにしえの雰囲気に似合いの装束で歩いているのは、
まだ少女と呼べそうな正体不明の女だ。
いにしえの雰囲気に似合いの装束で歩いているのは、
まだ少女と呼べそうな正体不明の女だ。
その前を行く自分と言えば、作業着に近いようなすすけた色合いの恰好で、キャップで顔も誤魔化そうとしていて、確かに、怪しいと言えば怪しい。
その状況に、心の中で苦笑いした。
「いいか?僕の真後ろを歩くんだぞ。横にはみ出たら、監視カメラの視界に入る危険がある。」
「やっぱり、あなた、スパイでしょう?カメラの位置や映る範囲を知ってるなんて!」
「やっぱり、あなた、スパイでしょう?カメラの位置や映る範囲を知ってるなんて!」
「だから、違う!僕は、古い建築物を・・・。」
「いいって、いいって!分かってるから!」
「いいって、いいって!分かってるから!」
「ちっ、じゃあ、仕事の専門知識を披露してやろう。さっきの古い建物は何だと思う?」
「さっきの?何かを祀っているような感じだったわね。」
「さっきの?何かを祀っているような感じだったわね。」
「あの辺には、昔、王の側室の住まいがあったんだ。」
「側室?」
「側室?」
「そう。住まいの楼閣は取り壊されてしまったけど、側室が信仰していた神仏を祀る社は、残された。」
「そうなんだ・・・。」
「そうなんだ・・・。」
「な?僕は、古い建築物に詳しいだろう?」
「ふんっ!そんなの、少し調べれば分かるでしょう?」
「ふんっ!そんなの、少し調べれば分かるでしょう?」
「簡単に言うなよ!”宮”の内部の様子は、外部の者は簡単に知ることは出来ないんだぞ。警備上の秘密になるからな。」
「ふ~ん・・・。それよりさぁ。昔の側室の住居は、みんな取り壊されたの?」
「ふ~ん・・・。それよりさぁ。昔の側室の住居は、みんな取り壊されたの?」
「ん?そうだな・・・。正室の建物は残されて、歴史的に保存されているけど、側室の住居は、一つも残っていない。」
「悲しいわねぇ。散々弄ばれて、死んだら、まるで居なかったみたいに扱われて・・・。」
「悲しいわねぇ。散々弄ばれて、死んだら、まるで居なかったみたいに扱われて・・・。」
「そんな風に抹殺されているわけじゃない。ちゃんと、記録に残されている。昔の側室は、正式に高い身分の位が与えられていたんだ。」
「それでも・・・、子供を産むための道具でしょう?」
「それでも・・・、子供を産むための道具でしょう?」
女に言われて、返す言葉が見つからない。
確かに、側室は、継承を守るために必要な制度だった。
継承を守る・・・それは、結局、子供を作るということだ。
確かに、側室は、継承を守るために必要な制度だった。
継承を守る・・・それは、結局、子供を作るということだ。
そのために、用意された女達。
たとえ、王に気に入られて側室になったとしても、正室が居るのだから、側室は、今で言えば愛人や妾と同じ立場だ。
たとえ、王に気に入られて側室になったとしても、正室が居るのだから、側室は、今で言えば愛人や妾と同じ立場だ。
継承を守るという男の口実に、利用される女。
女の立場から見れば、側室制度というものは、そんな風に解釈されるのだろう。
権力と欲望が渦巻く宮殿の中で、男と女の『運命』が翻弄されていた。
それも、今は昔・・・
「あ、また、建物が見えて来た!さっきより、ずいぶん立派な楼閣ね。」
「茗禪堂(ミョンソンダン)という書庫だ。」
「茗禪堂(ミョンソンダン)という書庫だ。」
「へ~、何だか、雰囲気があって素敵だわ!」
「監視カメラの死角を通るから、僕の後に着いて来いよ。」
「監視カメラの死角を通るから、僕の後に着いて来いよ。」
「カメラがあるの?」
「おまえのために、見つからないように通ってやるから。」
「おまえのために、見つからないように通ってやるから。」
「ふん、自分が見つかりたくないだけでしょう?」
「いちいち、うるさいなぁ。」
「いちいち、うるさいなぁ。」
高床式に作られた楼閣の裏側に階段があって、中に入ることが出来るのだが、そこには監視がカメラあるので使えない。
あらかじめ調べておいた、使えそうな足場を利用して上に上がると、壁伝いに移動して窓から中へ入り込む・・・という計画だったのだが・・・。
「え~、こんな高いところ登れな~い!」
「ちっ、ほら、手を貸してやるから。」
「うふっ、サンキュー!」
「ちっ、ほら、手を貸してやるから。」
「うふっ、サンキュー!」
先に登って手を引いたのだが、なかなか上手く登れずに、結局、下に下りて女の尻を押し上げることになった。
「ちょっと!変なとこ、触んないでよ!」
「うるさいな~、触らずに上げられないだろう!でかいケツしやがって!」
「うるさいな~、触らずに上げられないだろう!でかいケツしやがって!」
「何よ、失礼ね!これは、韓服の重ね着のせいよ!」
「あ~、そうですか?」
「あ~、そうですか?」
「もう!イヤミっぽいんだから!]
こんなに騒がしい事態になるとは・・・。
この計画は、半分失敗かもしれないな。
この計画は、半分失敗かもしれないな。
まったくもって、大誤算だ!
やっと、楼閣に中に入り、息をついた。
「ふわ~、ドキドキしたーっ。ねえ、中では自由に歩いても大丈夫?」
「ああ、中にカメラはない。」
「ああ、中にカメラはない。」
「そう、よかった。ここなら、明日まで、のんびりできるわね!」
「明日まで?まだ、夕方だぞ。おまえ、そんなに逃げる必要があるのか?」
「明日まで?まだ、夕方だぞ。おまえ、そんなに逃げる必要があるのか?」
「そ、そうよ。訓練は、明日の朝まで続くんだから。」
「徹夜か?」
「徹夜か?」
「だって・・・、夜の訓練も重要でしょう?」
「ふふ・・・、まだ、訓練だって言うのか?」
「ふふ・・・、まだ、訓練だって言うのか?」
「なによ!信じてないの?」
女は唇を尖らせた。
「そろそろ、本当の事を言ってもらおうかな?女官と言うのは嘘だろう?」
「嘘なんかじゃないわ!」
「嘘なんかじゃないわ!」
「僕は、この宮殿によく出入りしているんだ。女官の顔は憶えている。」
「そっちこそ、嘘ばっかり!騙されないわよ!女官は大勢いるんだから、憶えきれるわけないわ!」
「そっちこそ、嘘ばっかり!騙されないわよ!女官は大勢いるんだから、憶えきれるわけないわ!」
「じゃあ、どこの所属だ?」
「へ、どこって?」
「へ、どこって?」
「女官には、必ず所属する部署がある。正殿か、東宮殿か、水刺間か、太医院か・・・。」
「えっと、えっと・・・、と、東宮殿よ!」
「えっと、えっと・・・、と、東宮殿よ!」
「ぷっ!東宮殿?」
ははは・・・、こいつ、笑える!
「そうよ!皇太子殿下に仕えているの!」
「じゃあ、皇太子には毎日会っているんだな?」
「じゃあ、皇太子には毎日会っているんだな?」
「それは・・・、まあ・・・。」
「どんな男なんだ、皇太子って?まだ学生だからって、マスコミには、顔が出ないだろう?」
「どんな男なんだ、皇太子って?まだ学生だからって、マスコミには、顔が出ないだろう?」
「そ、それは・・・。殿下は、尊いお方だから、そう滅多にお会いすることは出来ないのよ。私は下っ端の女官だし。」
「ふ~ん・・・。じゃあ、背はどれくらいだ?」
「ふ~ん・・・。じゃあ、背はどれくらいだ?」
「せ?」
「まともに顔は見られなくても、見かけることはあるだろう?背は高いか、低いか?痩せてるか太ってるか?」
「えっと、その・・・。背は・・・、高いような、そうでも無いような・・・。」
「まともに顔は見られなくても、見かけることはあるだろう?背は高いか、低いか?痩せてるか太ってるか?」
「えっと、その・・・。背は・・・、高いような、そうでも無いような・・・。」
「じゃあ、痩せてる?」
「そうね・・・、痩せてるような、太ってるような・・・。」
「そうね・・・、痩せてるような、太ってるような・・・。」
「なんだよ、さっぱりわからないな。中肉中背ってことか?」
「そう、それ!中肉中背!」
「そう、それ!中肉中背!」
「ふふっ・・・、はははっ!おまえ、嘘が下手だな!」
「何よ!本当よ、殿下は中肉中背だもん!」
「何よ!本当よ、殿下は中肉中背だもん!」
「おまえの尺度はどうなってるんだ?皇太子は、長身で有名だ!」
「へ、そうなの?」
「へ、そうなの?」
「ふっ・・・、正直に言え!おまえは何者だ?」
「そ、それは・・・、えっと・・・。」
「そ、それは・・・、えっと・・・。」
女は小さくなって、眉を八の字にして、困り顔。
面白い奴だ!
面白い奴だ!
女官ではないことははじめから分かっていた。
そして、今日、この日に、この装束。
実は、思い当たる節がある。
実は、思い当たる節がある。
「おまえ・・・、お妃候補なのか?」
「へ?・・・そ、そんなわけないでしょう?」
「へ?・・・そ、そんなわけないでしょう?」
「ふっ・・・、無理矢理連れてこられて、結婚させられそうで、逃げ出したのか?」
「ち、違うってば!」
「ち、違うってば!」
「年頃は・・・高校生か?」
「卒業したばかり・・・。来月から大学生よ。」
「卒業したばかり・・・。来月から大学生よ。」
「ふふ・・・、やっぱり、女官じゃない。」
「あ・・・。」
「あ・・・。」
単純な奴・・・そして・・・、同い年!
女は、嘘がばれて面白くないらしく、先ほどよりも、もっと口を尖らせたふくれっ面で黙ってしまった。
「おい、にせ内人。名前は何て言うんだ?」
「知らない人に、簡単に名前を教えるわけにはいかないわよ。」
「知らない人に、簡単に名前を教えるわけにはいかないわよ。」
「ふ~ん・・・、じゃあ、当てて見せようか?」
「ははっ、まさか!名前を当てられるはずないでしょう?」
「ははっ、まさか!名前を当てられるはずないでしょう?」
「それは、どうかな?やってみなければ、分らないだろう?」
真正面に座り、グッと顔を近づけ、ジッと瞳を見つめた。
女は、たじろいだように少し身を引いて、目をパチクリさせて見返している。
女は、たじろいだように少し身を引いて、目をパチクリさせて見返している。
「おまえは・・・、女だな?」
「あ、当たり前でしょう?失礼ね!」
「あ、当たり前でしょう?失礼ね!」
「ふっ、女装と言う可能性もあるからな。男となれば、名前が変わってくる・・・。」
さらに、真っ直ぐ見つめ続けた。
黒く大きな瞳が、ゆらゆらと揺れるように光っている。
黒く大きな瞳が、ゆらゆらと揺れるように光っている。
「ん~・・・。苗字は、シンだな。」
「ど、どうして分かるの?!」
「ど、どうして分かるの?!」
「ふふふ・・・、シン家の顔つきをしている。」
「へ?シン家の血筋に詳しいの?」
「へ?シン家の血筋に詳しいの?」
「古い建築物の専門家だと言っただろう?必然、歴史や民俗学に精通することになる。」
「へ~・・・、そうなんだ!」
「へ~・・・、そうなんだ!」
心底、単純な奴だ。
こちらの言うことを、素直に信じ切っている。
こちらの言うことを、素直に信じ切っている。
「次は、名前だな。これは、顔だけでは分からないから、手を見せてくれ。」
「掌を見せるの?はい・・・。」
「掌を見せるの?はい・・・。」
差し出された手を取って、思案の表情を作り、手相を見るように、じっくりと丹念に手を観察した。
白く柔らかい、滑らかな皮膚の感触が、無垢な少女の心を表しているようだ。
白く柔らかい、滑らかな皮膚の感触が、無垢な少女の心を表しているようだ。
汚れを知らない・・・、世間知らずの女の子。
「チェ・・・。」
「え・・・?」
「チェグ・・・。」
「ゴクリ・・・。」
「え・・・?」
「チェグ・・・。」
「ゴクリ・・・。」
「チェギョンだな・・・、おまえの名前は、シン・チェギョン。」
「す、すごい・・・。」
ふふふ・・・、大当たり!
---to be continued